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マイ・ジッポー・ストーリー

ジッポー・カー

雑誌掲載御礼

ZIPPOで仲間に差をつけよう

マイ・ジッポー・ストーリー5

 

「マイ・ジッポ・ストーリー」のパートVです。是非、引き続きお読みください。

 

MY ZIPPO STORYのトップページ

 

 

私が今使っているZIPPOは、長男からプレゼントされたものです。

今から5年前、私の息子が中学2年生の時でした。その頃息子は、反抗期で生活も乱れていました。私と家内は、そんな息子を夏休みの間アメリカにホームステイさせることにし、息子をアメリカに送り出しました。

いやいやアメリカに行った息子でしたが、アメリカの生活がよかったのか、良い気分転換になったのか、日本に帰ってきた息子は、以前とはみちがえるほど、明るくたくましい少年になっていました。
 

そんな息子がアメリカのお土産に買ってきてくれたのが、今つかっているZIPPOです。

その息子も中学3年の2月にガンで亡くなってしまい、ZIPPOがかたみとなってしまいました。

これからも、このZIPPOを大切に使っていこうと思っています。

岩田 様


 

13年前、今の会社に就職した時にシルバー製のZippoを母からプレゼントされました。

中学を卒業した後、定職にも就かずぷらぷらしてその日暮らしをしていた私。事あるごとに両親とぶつかりなにもかもやな事は人のせいにしていました。そんな私も22の時にこのままじゃいけないと思い今の会社に就職しました。

母からZippoを渡された時に初めて大人になった実感がわいてきました。そのZippoも昨年ふたが取れてしまい使えなくなりました。修理も考えましたが、せっかくの母からの贈り物。他人の手に掛かるのをためらいそのまま大事に取ってあります。

亀井 様


 

現在43才の平凡な会社員です。20年ほど前は、陸上自衛隊に所属しておりました。その頃のZippoに関するエピソードを書かせて頂きます。

自衛隊に入隊し、部隊配属されてまもなく部隊の近くの喫茶店に勤めているとてもかわいい女の子と付き合うようになり、毎日のようにその喫茶店に足を運んでおりました。

しかし、当時の自衛隊は”ロシア南下政策の疑いが有る”と言うことで、それに備えての《対機構演習》なるものが頻繁に行われておりました。

 

長期間演習場に寝泊まりし、様々な訓練を行っておりました。長い間彼女と会えない日々を過ごす辛さ…

そんなある日、彼女から一通の手紙が演習場に届き周りの同僚からずいぶんと囃し立てられました。

 

その手紙を、こっそりとテントのなかでZippoの明かりで読んでみると、彼女も私と同様にいても立ってもいられずに手紙を書いたとのことでした。わざわざ部隊まで行き演習場の住所を教えてもらい、私に手紙を書いてくれました。

このことは、20年以上たった今でも忘れることは出来ず一番の思い出になってます。現在、その彼女との間に生まれた子供は高校へ通い、私も一般の企業に再就職しております。

 

もちろん、ライターはZippoです。当時のZippoは、何処かに行ってしまいましたが、彼女からプレゼントにもらったZippoを使ってます。

山上 様


 

私が20歳になったばかりの20年以上前の話です。ある日、私は初めて新車で買ったばかりの250CCバイクで日帰りツーリングに出掛けました。

 

天気も良く、予定より遠くまで行ったので、帰りは夜になりました。夜風に吹かれながら気持ち良く走っていると、突然エンジンが止まり、どうしても始動しません。

私は、ガス欠と思い、「チッ」と舌打ちしながらバイクを降り、タンクキャップを開けてガソリンタンクを覗き込みましたが、暗くてよく見えません。

 

そこで、私は買ったばかりのZippoをポケットから取り出し、もう一度ガソリンタンクを覗き込みながら中を見ようとZippoに火を点けました。

その瞬間、私は信じられない光景を目の当たりにしました。Zippoの炎は、タンクにタップリ残っていたガソリンに引火し、ボンッ というイヤな音の後、買ったばかりで200キロも走ってない新車のバイクは一瞬で炎に包まれ、5分も経たないうちに燃え尽きてしまったのです。

それを私は、ただ呆然と眺めているだけでした。後で判ったのですが、エンストの原因は、プラグキャップが緩んでいただけという、悲しいオチがつきました。嘘みたいな話ですが、その後、私は消防士になりました。

今、私はその時のZippoで煙草に火を点けたところです。慌てて落とした時の傷を見る度にこの出来事を思い出します。そして、Zippoはとても丈夫で長持ちしますよ。

ペンネーム to48ru様


 

今から10年近く前、会社の帰りにいつも寄っていた中華料理屋の大将が病気で倒れました。ご家族の懸命な看護により一命をとりとめたものの、大好きなタバコを止めざるをえない事になりました。

大将はかつて米軍キャンプにも出入りしておられ、長年ジッポを愛用し無類のタバコ好きでもあった方です。その大将がタバコを止めるにあたり、 『長い間使っていたジッポだけど、もう一生使ってやれなくなった。

 

だったら、うちの店に来てくれるお客さんの中で、1番たばこをうまそうにすっていた君にこのジッポーをあげよう。君ならこいつを大切に、うんと長い間つかってくれるだろ』と言ってその貴重なジッポを私に下さったのです。

その当時、私は付き合っていた彼女からクリスマスプレゼントでもらったジッポーを愛用していたのですが、その日以来、常に大将のジッポーを使うようになりました。

あれから月日が流れ…大将の年の離れた一人息子が成人したと風の便りに聞きました。大将から頂いたあのジッポーを、成人のお祝いにプレゼントしようと思っています。

市川 様


 

私は昨年1月故あって会社を辞めました。そのときに私の前の部下の女の子からzippoをプレゼントされました。前から私がzippoコレクタ−だということを知っていたのです。

彼女は当然ですが、旦那もたばこは吸いませんし、zippoはどこで売っているのかさえわからず、あっちこっち探して見つけてくれました。あまりに色々な種類があり、選ぶのに苦労したそうです。そして選んだ物が気に入るかどうかとだいぶ気にしていました。

そのzippoはミレニアムzippoでした。zippoもさることながら、私はその温かい心に感謝しました。そんな素敵な仲間と別れることは非常に辛かったです。帰り道、鞄に入れたzippoを大事に抱えながら、素敵な仲間をもったことに感謝いたしました。


内田 様


 

二十歳の記念に自分で初めてジッポーを購入しました。とても質感が良い、シルバーのジッポーです。購入してから、手入れも毎日欠かさず、気に入って使っていました。

ある日気がつくと、手元にジッポーが無い事に気がつき、焦りながら必死に探しました。その日行動した全てを再現しながら、見落としの無いように。努力の甲斐虚しく、ジッポーは出てきませんでした。

 

大切にしていたジッポーなのに・・落ち込みは深かったです。その件があってから、またお気に入りのジッポーを見つけようと何個も買いましたが、初代のジッポーに勝る物には出会わず、まあこれでもいいか、というような感じで違うジッポーを使っていました。

無くしてから2年後位でしょうか。冬に、友人たちとディズニーランドへ遊びに行こうと、朝方常磐道を走り、疲れたので一休みしようとパーキングに入りました。

 

朝方だったので人も少なく、自動販売機でコーヒーを買いました。お金を入れてコーヒーを取ろうと目線を下げた瞬間、なにやらジッポーが落ちていたのです。

 

「落とし物?」と思い拾い上げると、どこか見覚えのある、鈍い輝きを放っていたのです。「ん!?」と良く見てみると、2年ほど前に僕が無くしたジッポーでした!「なんでこんな所に!?」と、昔一緒に探してくれた友人も驚いていました。

なぜ無くしたジッポーだと解ったか・・その理由は、買った当時嬉しさの余り、自分の名前の一文字「T」という文字を掘っていたのです。

 

見つけたとき、薄くはなっていましたが、はっきりと「T」の文字があったのです。僕が落としたとか、誰かが持ち出したとか、そんな理由はどうでも良くなりました。

 

手に持つあの素晴らしい感触が蘇ったことが嬉しくて。むしろ、落として良かったかも知れません。なぜなら、さらに円熟味を増して渋い光を放つジッポーに育って帰ってきたからです。

一生の宝物。そんな感じがします。

長山 様


 

私は以前、アメリカのペンシルバニア州の大学に留学しておりました。 ジッポーに詳しい方でしたら、もうお分かりでしょうが、そうですジッポーの本社、ブラッドフォードがある所です。

 

僕のいたペンシルバニア・ピッツバーグより車で4時間30分くらい北上すると静かなブラッドフォードの町を訪れることが出来ました。私は留学時代にこのジッポーの魅力に取り付かれ、約4年間の間で350個以上のジッポーを集めました。それはこんな話がきっかけだったのです。

ある日、僕は友達と片田舎の古道具屋へ立ち寄ったのです。そこには全く商売気の無いおじいさんとおばあさんが二人で接客していました。

 

店へ入ると1930年代の雑誌やら、何に使うか分からない道具、古いコーラのビン、使えないであろうタイプライターなど、売れるのかな、と考えさせられる商品がたくさん並んでいました。

僕らは一通り古いアメリカを感じながら商品を見て周っていると、ライターがごちゃごちゃ入った木の箱を発見したのです。二人ともタバコを吸いますので、安そうだから一個づつ買っていこうと、二人で選び始めました。

 

その中には数多くのジッポーがありました。もう使えそうも無いものから、比較的新しい物まで入り混じっていたのです。友人はわりと新しい物を選択しましたが、僕はわざと古く錆びたジッポーを選択、二人仲良く50セントを支払い帰宅したのです。

家に帰って早速一人でまだちゃんと火がつくのか、石とオイルを入れて着火テストしたのです。もちろんしっかり火はつきました。

 

感心してそれからしばらく通常のライターとしてその錆びたジッポーを使用していると、ある友人が僕のライターは第二次大戦でアメリカの兵士が使用していたものではないか、と言うのです。

 

それから気になって気になって仕方なくなり、日本からジッポーの本を送ってもらい調べてみると、それはやはり第二次大戦でアメリカ兵のみが使用していた粗悪なスティールで出来たジッポーだったのです。

その週末、僕は一人でその店へ出向き、片っ端からお店のジッポーを購入してきました。全部で30ドルぐらいだったと思います。帰宅すると年代を調べたり、その時代のモデルを味わったりと、徐々にジッポーの魅力にはまって行ったのです。

 

それから4年間、レディーブラッドフォードの本物や1946年ニッケルシルバー製のジッポーなど珍しい物等、僕のコレクションは増えて行ったのです。

つまりアメリカの僕の思いでは、ジッポーにまつわることがほとんどなのです。そんな良き思いでとともに今、ジッポーで火をつけた煙草をくわえながら、このメールを打っております。これからどんな思いでが増えて行くのか楽しみです。

松山 様


 

Zippoの思い出は色々ありますが、一番古い思い出は小学校の5年生の頃です。一番最初にZippoを手に入れたのが、この時です。ボーイスカウトの先輩からいただきました。

当時のボーイスカウトは(今もかな?)かまどの火をたくマッチの本数が、決められていました。つまり、太い木、細い木、削った木、新聞紙等をうまく使い、最小の本数のマッチで火をたく。これが新米には辛い、、、特に雨上がりの朝食なんて泣きたくなります。

案の定、マッチを使い果たし、どよ〜んと落ち込んでいた時、「内緒だぞ」と言って仲の良かった先輩が年季の入ったZippoをくれました。今思えば先輩もきっと、同じ状況で入手したんだと思います、だから僕も「内緒だぞ」って後輩に(^.^)。

「初キャンプはこれが決まりだ」と言って、新米のおニューの帽子を水汲みに使い、かまどでうちわ代わり使う。こんないじめにも似た歓迎を、嬉しそうにやってくれたのもこの先輩でした。

初キャンプが終わると、真っ黒に日焼けして、よれよれの帽子を被った一人前のボーイスカウトの誕生です。嗚呼、もう、二十七年前の話だもんなあ、、、うちの子もそういう思い出、作ってくれるんだろうか?

ペンネーム mag様 

 

ご応募頂きました皆様、ありがとうございました。

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